古城(箕輪城)のこと

日曜日の草津の帰り、同じ群馬県にある箕輪城というお城(城址)に立ち寄りました。

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1987年には国の史跡に指定され、日本百名城のひとつとのこと。
高崎市のホームページによれば、西暦1500年前後に長野氏によって築城された箕輪城は、その後4代にわたって長野氏の本拠でした。永禄9年(1566)に武田信玄に落とされるとその後は、武田・織田・北条、そして徳川と次々と主を変えました。西上野の要衝の地にあったことから、各大名は有力家臣を城主として配置しました。

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最後の城主となった井伊直政は、徳川家康の家臣のなかでは最大石高の12万石で封じられましたが、慶長3年(1598)に城を高崎に移したことから廃城になりました。
昨年は大河ドラマの影響で市内のそこかしこが「井伊の赤備え」だった浜松出身のy21ですが、井伊直政の居城であったこと・・知りませんでした。

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なぜここが国指定史蹟?
歴史好きのy21ですが、戦国時代のことは「大河ドラマ」レベル・・。
同行した仕入先の方からレクチャーをいただきました。

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どうも、「当時の遺構がまだ破壊されずに、かなりの部分がそのまま残っている」ことがその理由らしい・・

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大堀切ごしに見た堀の深さ

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復元された郭馬出西虎口門。戦国期の城門としては関東最大規模とのことです。

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文献資料ばかりではなく、このように現地に足を運ぶフィールドワークもいいな・・と思いました。