1987年には国の史跡に指定され、日本百名城のひとつとのこと。
高崎市のホームページによれば、西暦1500年前後に長野氏によって築城された箕輪城は、その後4代にわたって長野氏の本拠でした。永禄9年(1566)に武田信玄に落とされるとその後は、武田・織田・北条、そして徳川と次々と主を変えました。西上野の要衝の地にあったことから、各大名は有力家臣を城主として配置しました。
なぜここが国指定史蹟?
同行した仕入先の方からレクチャーをいただきました。
どうも、「当時の遺構がまだ破壊されずに、かなりの部分がそのまま残っている」ことがその理由らしい・・
大堀切ごしに見た堀の深さ
復元された郭馬出西虎口門。戦国期の城門としては関東最大規模とのことです。
文献資料ばかりではなく、このように現地に足を運ぶフィールドワークもいいな・・と思いました。