雪混じりの雨が降る中の行程でした

寒い朝・・鎌倉古道を歩こうと窓を開けたら雪混じりの雨・・もちろん、横浜にしてはの”極寒”
横浜駅でcoffeeをいただきながら、悩むこと数分・・
決行
です。
先週、鎌倉古道(中道)の虫食い部を埋め、今回は年末(12月30日)ウォーキングの終点である「柏尾」から二子の渡しまで、中道の本道を歩きます。
柏尾
前回の終点、写真の小径を前回は下ってきました。
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今回のルートは相州と武州の間を行きますが、途中多くの「現代の交通路」を横切ります。
JR東海道線
横浜新道
保土ヶ谷バイパス
JR東海道新幹線
相鉄線

古道は戸塚カントリー倶楽部のコース内を行きますが、当然・・その手前で行き止まり(ゴルフ場内には古道が残っているとのこと)、横浜カントリークラブとの間にある道を迂回します。
戸塚カントリー倶楽部の入口の先には「都塚」があります。
「都塚」からは往時の鎌倉が一望できたことからその名前が付いたとありました。
塚には「地蔵堂」と「道標」があります。
道標には「南鎌倉道、西武相堺道、北二俣川村道」との表記がされています。
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この先、子ども自然公園まで行くと、大山道との分岐跡がありました。
歴史の交差点・・探究心を刺激します。
南本宿に入ると趣きのある道が続きます。
古道沿いの風景
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古道の特徴は丘陵の尾根に沿っているということです。現代からすると「なんで疲れる山道を・・」と思ってしまいますが、幹道を水害から守ることが考慮されたのかな?とも思います。
尾根道は現代の交通によって寸断されます。
保土ヶ谷バイパスに架る「南本宿橋」から歩いてきた方向です。
尾根道が保土ヶ谷バイパスによって寸断、橋が架けられました。
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南本宿から東海道新幹線を越えると(これも尾根道寸断!)、鶴ヶ峰です。
鶴ヶ峰付近には
「鶴ヶ峰二俣川の合戦」に関わる史跡が多くあります。
畠山重忠北条義時との戦い(元久二年/1204年)です。源頼朝の没後五年を経て、幕府の実権を握った北条氏は権力を磐石なものにすべく、開幕来の重臣畠山氏を討つべくこの地で戦を仕掛けたのです。
万騎が原という地名がありますが、帷子川を挟んで集結した北条氏の軍勢を見て付けられた地名とのことです。
首塚と合戦場の碑
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碑の脇には逆矢竹が生えています。この地に群生していたようですが、開発が進み僅かに残されているようです。
戦に破れた畠山重忠が「この戦が心正しければこの矢に枝葉が生じて繁茂するであろう」と矢を地面に突き立てたといわれます。

今日の鎌倉古道ウォーキングは鶴ヶ峰の「畠山氏終焉の地」までとしました。
最高気温が4℃・・雪混じりの雨も降り止まずです。

明日は・・気になって仕方がない・・「スタジイの木」再訪します。
先週あるいた中道の途中にあるスタジイの大径木です。この大径木は移植工事が行われていますが、根元・・というより、木が巻き込むように庚申塔がある(先週見つけられなかった)ことがわかりました。
移植される前に行って来ます!
ついでに、追上げ分岐からの右側(追上げ→長光寺→舞岡公園)ルートを歩いてきます。